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長嶺 真輝

長嶺 真輝

「福井をB1に上げ、沖縄で試合を」勝負のシーズンへ向かう伊佐勉HC Bリーグに吹く“旋風”の中心で思うコト

「福井をB1に上げ、沖縄で試合を」勝負のシーズンへ向かう伊佐勉HC Bリーグに吹く“旋風”の中心で思うコト
オフで沖縄に帰省中の伊佐勉氏。福井ブローウィンズのヘッドコーチとして「B1昇格」にチャレンジ中だ=6月下旬、宜野湾市内(長嶺真輝撮影)

新天地で始まった壮大なチャレンジは、順調に前へと進んでいるようだ。

2023-24シーズン、プロバスケットボールBリーグ3部(B3)に新規参入した福井ブローウィンズの初代ヘッドコーチ(HC)に就任した宜野湾市出身の伊佐勉氏(54)。沖縄が誇る名将やB1で実績のある選手を揃えたチームは、レギュラーシーズン(RS)を首位通過し、プレーオフ(PO)も無敗で勝ち上がって完全優勝。圧巻の強さで上位2チームが対象となるB2昇格を決めた。

B3新記録となる驚異の31連勝、RSの勝率は9割2分0厘(46勝4敗)、シーズンを通してホーム戦負けなし。

「プロスポーツ不毛の地」と称されることもあった福井の地から巻き起こした“旋風”は、B3リーグ全体を飲み込んだ。ただ球団創設時にチームが掲げたビジョンは、参入から2シーズンでの「B1最短昇格」。まだ道半ばである。

本命の目標を達成すべく、旋風の中心にいる伊佐氏は福井との契約継続に合意。6月上旬の発表時には「ファンの皆さん、一緒に追い風に乗り、B1へと突き進みましょう」と力強く決意を述べた。

初めて指揮を執ったB3の舞台はどのようなものだったのか、何が福井の強さを支えたのか、よりハイレベルなB2を勝ち抜くためには何が必要なのか。6月下旬、勝負のシーズンを前に、オフで帰省中の伊佐氏にインタビューした。

️プレッシャー乗り越え涙「ほっとした」

試合中、ベンチで選手達に指示を出す伊佐氏
試合中、ベンチで選手達に指示を出す伊佐氏©FUKUIBLOWINDS

筆者が沖縄で伊佐氏に取材するのは、ちょうど1年ぶり。昨年は福井のHC就任が発表された直後にインタビューし、その時もOKITIVEで記事をまとめた。
前回の記事『沖縄バスケ界の“レジェンド”伊佐勉HCの新たな挑戦 新チーム・B3福井で担う「文化づくり」』
https://www.otv.co.jp/okitive/article/46111/

今回の取材当日、外は梅雨明けでかんかん照り。顔を合わせるなり、互いに「暑いですねえ」という言葉が漏れる。

筆者「おかえりなさい。これ毎年恒例にしたいですね」

伊佐氏「ぜひぜひ(笑)」

クーラーの効いたカフェの一席に腰を落ち着け、1時間半に渡ってじっくりと話を聞いた(雑談も多かったが…)。

初めに聞いたことはシンプルだ。Bリーグ参入初年度でのB3優勝、B2昇格の受け止めはどうか。

「コーチングスタッフとしては昇格が最大の目標だったので、プレーオフの準決勝で、ホームで徳島に勝った時はすごく嬉しかったですね。レギュラーシーズンであれだけ勝ったので、『プレーオフで負けたらどうしよう』という変なプレッシャーもありました」

2戦先勝方式のPOは、RSの最終順位が上のチームのホームでシリーズを戦うが、短期決戦ならではの難しさがある。実際、昨シーズンのB2では56勝4敗という圧倒的な強さでRSを首位通過したアルティーリ千葉(A千葉)が、PO準決勝で1勝もできずに敗退してB1昇格を逃した。

昇格という大きなミッションを背負って入団し、覚悟と責任感が強いからこそ、感じるプレッシャーもそれ相応に大きかったのだろう。徳島との第2戦に勝利した直後、伊佐氏はコート上で熱涙を流した。

「GAME2はずっと劣勢だったのですが、最後の最後で逆転して勝つことができました。GAME3までいってしまったら相手も捨て身で来るから『厄介だな』と思っていたので、GAME2で昇格が決まり、ほっとして泣いてしまいました」

はにかんだ笑顔には、当時の安堵感の深さがうかがえた。

「B3の難しさ」を攻略した戦い方とは…

写真③ 攻守に渡って活躍した沖縄出身の渡辺竜之佑©FUKUIBLOWINDS
攻守に渡って活躍した沖縄出身の渡辺竜之佑©FUKUIBLOWINDS

シーズン全体を振り返ってみても、勝敗数から受ける印象ほど簡単なシーズンだった訳ではない。

特に序盤戦はモヤモヤが続いた。RSで喫した4敗のうち、3敗は初めの10試合で喫した黒星。これまでB1でのみ指揮を執ってきたため、「自分がB3のバスケットに慣れていなかった」(伊佐氏)ことが最大の要因だ。

Bリーグで一番下のカテゴリーであるB3は全体的に高さはないが、スピードやシュート力に優れた選手が多い。B2、B1のチームにステップアップするアピールの場でもあるため、個々がアグレッシブにスコアを狙う。そのため、相手のチーム戦術に対するスカウティングがハマらない事が多々あった。

「1対5の状況や体勢が崩れている場面など、予期せぬところでシュートを打たれるんです。迷いがないから、それがとにかく入る。ディフェンスの間合いを『一歩詰めろ』と言ったら、今度はスピードで抜かれ、ローテーションしたらパスをさばかれる。『(B1の頃と)同じようなやり方じゃマズイな』と思いましたね」

どう対策したか。

福井はB3の中では高さのあるチームだ。その強みに目を付けた。間合いを詰めて小柄な選手に抜かれるなら、逆に少し間合いを空ければいい。自分たちは高さがあるからシュートチェックはできる。引いて守っているから、抜きに来られてもローテーションはしやすい。

このロジックを実践し始めると、B1経験が長い選手たちも徐々にB3のバスケにアジャストしていった。

結果、11試合目から怒涛の31連勝。シーズンMVPに輝いた細谷将司、3P成功率No.1に輝いた田渡修人、沖縄出身でサンロッカーズ渋谷時代から共闘する渡辺竜之佑(コザ中学ー福岡第一高校ー専修大学卒)など、B1での経験が豊富な選手たちが安定して力を発揮した。

特に昇格を決めた徳島とのPO準決勝第2戦は、個々のレベルの高さが生きた。

序盤から接戦だったが、第4クオーターは常にリードを許す展開。残り2分半の時点でも80ー86とビハインドを背負っていた。しかし、そこから田渡と細谷が3Pを決めるなどして、残り50秒の土壇場で勝ち越し。連続16得点の“突風”を吹かせ、96ー86で勝ちをさらった。

「さすがに負けるかなと思いましたが、最後に相手が慌て出して、逆に福井の選手たちは冷静にシュートを決めてくれました。経験の差が出たと思います」と誇らしげに語る伊佐氏。

終わってみれば、白星の取りこぼしはシーズンを通して4回のみ。B2昇格という一つ目の階段を着実に、軽やかに登ってみせた。

️不毛の地”で生かされたキングス創設時の経験

写真④ 戦況を見つめる伊佐氏©FUKUIBLOWINDS
戦況を見つめる伊佐氏©FUKUIBLOWINDS

冒頭でも触れたが、福井県は“プロスポーツ不毛の地”と称されることもあった。プロ野球、Jリーグのチームがなく、伊佐氏も周囲から「ここはプロスポーツが根付かないから、バスケットは頑張ってね」と言われることが多かったという。

どんな競技でもゼロからプロチームを立ち上げ、調和を図り、地域に根付いていくことは容易ではない。

選手やスタッフは初めて顔を合わせる人が多く、創設当初から専用アリーナを持つチームは極めて稀だ。練習の度に体育館に資材を運び、自分たちでゴールの準備や片付けをする必要がある。実績のあるプレーヤーが集まった福井ブローウィンズも、チームを取り巻く環境の過酷さは例外ではなかった。

それでも、伊佐氏は「メンタル的に不満は全くなかったですね」と言い切る。生きたのは、琉球ゴールデンキングス時代の経験だ。

伊佐氏は2007年、Bリーグの前身の一つであるbjリーグに参入したキングスの創設初年度にアシスタントコーチに就き、プロチームでのコーチ歴をスタート。当初は練習の度に4、5カ所の体育館を転々とし、予約は自らが担った。バン(商用車)にクーラーボックスや練習資材を詰め込み、着いたら年齢や選手歴に関係なくみんなで運び出した。苦楽を共にしたからこそ、団結が強まっていった。

その過程は、福井でも同じだった。

「練習での準備や片付けは僕ももちろんやるし、アシスタントコーチも練習前に早く来てリングを出したりしてくれていました。ベテラン陣もみんな理解してやってくれたし、そしたら当然みんながやる。それはすごくいいことで、一体感がつくれる要因になったと思います」

バスケットボールという競技は、単純に個の能力が高い選手が集まればチームが強くなる訳ではない。どうあがいてもボールは一つしかないため、互いの信頼関係がなければ相乗効果は生まれない。福井の突出した強さの秘訣は、日々の積み重ねによって構築されたものだったのだ。

プロスポーツにおいて「勝利」は絶対的な説得力を持つ。ホーム戦無敗の頼もしい地元クラブに対し、ファンも呼応した。シーズン通算でB3トップの6万9673人の観客を動員。ファンクラブ会員は約1万5000人に達した。

「初めは観戦する人たちもバスケの応援の仕方が分からない様子でしたが、勝っていくうちにだんだんチームのTシャツを着たり、グッズを手に歓声を挙げてくれたりするようになりました。シーズンの最後の方は毎試合ほぼ満席で、すごい盛り上がりでした」

福井では今、経済界を中心に新たなホームコートとなる新アリーナ構想も進む。まだ創設から1シーズンを終えたばかりではあるが、福井ブローウィンズは“不毛の地”に太い根を張り始めているのだ。

️B2激戦区に入るも自信「B1昇格のチャンスはある」

写真⑤ 穏やかな表情でインタビューに応じる伊佐氏
穏やかな表情でインタビューに応じる伊佐氏

2024-25シーズン、舞台はB2へ。

全14チームが東地区と西地区の7チームずつに分かれ、計8チームがPOに進出してB1に昇格するわずか二つの椅子を争う。伊佐氏が「サイズが変わってくるので、B3に比べてフィジカルゲームが多くなると思っています」と語るように、リーグ全体のレベルは格段に上がる。

特に福井が入った東地区は、ハイレベルな混戦が予想される。B2で抜きん出た力を持つA千葉に加え、B1から降格した富山と信州も入った。昨シーズンPO準決勝進出の山形、PO準々決勝進出の青森も名を連ね、紛れも無い激戦区だ。

過去に新規参入から最短2シーズンでB1まで駆け上がったチームは長崎ヴェルカのみ。もちろんハードルは高い。

それでも伊佐氏が「目標はもちろんB1昇格」と断言するように、決意は揺るがない。覚悟の強さはオフの補強にも表れている。

昨シーズンの主力をほぼ契約継続しながら、B1からフィジカルの強い木村圭吾(前群馬クレインサンダーズ)、身長199cmで高さのある西野曜(前横浜ビー・コルセアーズ)、元NBA選手のライアン・ケリー(前サンロッカーズ渋谷)を新たに獲得。西野とケリーは渋谷で伊佐氏と共闘した経験があり、フィットに要する時間は少ないだろう。

伊佐氏は「補強のポイントは日本人のサイズとフィジカルです。東地区は激戦ですけど、まずはプレーオフに進出したい。あとは短期決戦で力を発揮できれば、十分にB1昇格のチャンスはあると思っています」と自信を見せる。

一人のコーチとして、再び国内最高峰リーグであるB1で采配を振るいたいという気持ちは当然強い。

そして、まだ移り住んで1年に満たないが、福井県に愛着も湧いたよう。

人生で初めて雪かきした日、いきなりスコップが折れた話。練習会場に繋がる一本道の国道を車で走っていると、周囲の山々が夏には緑が生い茂り、秋は艶やかな紅葉に染まり、冬には美しい雪山と化す話。海鮮を中心に食事がめちゃくちゃ美味いという話。

生き生きとした雑談の内容からも伝わるだろう。

だからこそ、強く思う。

「コーチとして新しくB1のチームに行くのではなくて、この福井の素晴らしいチームをB1に上げ、またB1でコーチングをしたい。今はそれしか考えていませんね」

キングスでコーチを務めていた頃、多くのファンに「むーさん」の愛称で親しまれた伊佐氏。「沖縄のファンとしては、また沖縄でキングスと対戦してほしいはずですよ」と言葉を向けると、頼もしい答えが返ってきた。

「またB1に戻れれば沖縄でキングスと試合をできる可能性がありますし、それができるように頑張りたいです」

福井の地で吹き荒れる旋風が「むーさん」を乗せ、海を越えて沖縄まで届く日が待ち遠しい。

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