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家族の繋がり、最愛の人を想う”でいご”【OKINAWA SONG BOOK~沖縄歌集~『jimama篇』 】
連載企画「OKINAWA SONG BOOK~沖縄歌集~」
沖縄県内のみならず、日本全国で愛される沖縄の歌(ウチナーソング)。
名曲が誕生する背景には、その時々の世相が密接に関係しているといいます。
この企画では、誰もが知っている【一曲の沖縄の歌(ウチナーソング)】をテーマに、歌詞に込められた思いや制作秘話などを紹介しています。

大切な人を想う歌として、広く県民に愛されている歌手jimama(ジママ)さんの「でいご」。歌に込められたのはjimamaさんが幼い頃の記憶と祖父への想いでした。

jimama
「沖縄に拠点を移してから初めての曲。難しい事を考えずに、シンプルに歌を書いてみようって気持ちになれたのも「でいご」がきっかけだった。」
那覇市出身の歌手・jimamaさんは、音楽学校時代にユニットとして結成。京都を拠点に活動し、2004年にメジャーデビューしました。
その後ソロ活動を経て、拠点を地元・沖縄に戻しました。
自らのルーツを見つめ直す機会となったタイミングで生まれた曲が「でいご」でした。

Jimama
「長部正和さんっていう方が作曲されているんですけど、その方が書いたのがラブソングだったんです。そのラブソングも素敵だなって思ったけど、私が沖縄に帰ってきて、書きたいメッセージは、ラブソングではなくて「家族のこと」だっていうのがあって。」
それまで沖縄を離れていたjimamaさんが歌に込めたのは「家族」と「ふるさと」への〝愛″でした。歌詞にはjimamaさんが幼いころから慣れ親しんだ風景と思い出が描かれています。
Jimama
「私、開南小学校に通ってたんです。そばにコミュニティ道路があって、そこのデイゴが結構昔から立派に咲いてて、ずっと散歩コース。おじいちゃんと散歩コースで。」

映画監督の宮平貴子さんは、jimamaさんの2つ年下の妹です。

宮平貴子さん
「(小学生の)当時はもう全然(現在の)県庁とかもないし。市役所もまだ昔の市役所で。
おじいちゃんは、私が結構小さいときに亡くなったのですが、姉にはたくさんいろんな思い出があったんだなって羨ましくも思います。」

姉妹の記憶にある場所は、那覇市泉崎にある那覇市役所そばの小さな通りです。
Jimama
「おじいちゃんとのワンシーンワンシーンを繋げたのが「でいご」っていう曲。なんかデイゴって自分の中では本当に“沖縄”というか、象徴でもあって。」

通りを彩るデイゴの花の記憶は、最愛の人との思い出と強く結びついています。
Jimama
「デイゴがおじいちゃん思い出すときの花。やっぱりおじいちゃんが亡くなってからもうだいぶ経つんですけどね。小学校4年生の後半から・・・」

今でも祖父を語る時には涙があふれるというjimamaさん。
最愛の祖父との別れの記憶は、妹の貴子さんも幼心に残っているそうです。
宮平貴子
「私と姉は・・・その日ちょっと覚えてるんですよね、泣いてたと思います。おじいちゃんが、もういないっていう。もしかしたら初めての“身内が亡くなる”っていう体験だった。」
Jimama
「すごく消失感…もう「会えないんだ」って泣いて・・・自分の中でおじいちゃんは死んだんだけど、ずっと見守ってくれてる気がする。遠く離れていても感じる存在。今も見守ってくれている家族への感謝の想いが、街の記憶とともに歌に刻まれています。」
宮平貴子
「大好きな人が亡くなる」っていう初めての経験が、私達にとってはおじいちゃんだったと思うんですよ。受け止めるけど、やっぱり悲しくて。でも「見守ってる」って思ったら「勇気付け」にもなるから。多分そういうことを思いながら、(姉は)歌ったんじゃないかなって思ってます。」
Jimama
「(過ごした時間は)そんなに長くないはずないんだけど、だけどやっぱり何か、永遠を感じる。おじいちゃんがずっとそばにいてくれてるんだなと思います。」

「でいご」に込められた大切な人を想う「愛しさ」は、聴く人それぞれの思い出を彩ってくれます。
Jimama
「やっぱり家族愛。地元の温かさとか、故郷を思う気持ちとか。
「でいご」っておじいちゃんの曲なんですけど、そういった愛の形がすごくあるなと思う。
いろんな愛の形をjimamaとして歌っていけたらいいなって思っていて。その出発地点がある意味「でいご」だったのかもしれないなと思う。」

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OKINAWA SONG BOOK 2023
特別番組「OKINAWA SONG BOOK2023」
2023年12月19日(火)19時00分から沖縄県内のテレビ8チャンネルにて放送!
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