コラム
キングスファイナル取材記&桶谷大ヘッドコーチ特別インタビュー【植草凜のなんでもかんでも日記】

目次
2年連続ファイナル取材 取材陣も昨年の悔しさを晴らす!
2023年5月28日。沖縄バスケットボール界の歴史が動きました。
琉球ゴールデンキングスがBリーグ初優勝!
私は優勝が決まった瞬間、カメラ席でカメラにマイクを繋いで実況しながら見ていたんですが、言葉にできない…心突き動かされるとはこのことか!と感じました。
去年のファイナルで敗れた悔しさを胸に戦い抜いた2022―23シーズン。
去年の悔しさを胸に刻んだのは我々取材陣も同じ!
去年東京体育館で取材をして、あの時の悔しさを知っているからこそ、優勝の喜びはとても大きなモノでした。

横浜アリーナでは局の垣根を越えて、チーム沖縄で取材を続けました!
第1戦の前日は各局横浜アリーナ前から夕方のニュースの中継を行ったので、各局時間をうまくずらしたり、他の局のカメラにうつりこまないように立ち位置を注意するなど連係プレーも光りました。(笑)
そしてOTVの取材クルーは私と当真カメラマンと松井アシスタント。
当真カメラマンは去年も一緒にファイナルを取材したカメラマンで、今年は一緒に歓喜のシャンパンファイトまで取材をすることができました!

第1戦の日は、日の出を撮影するため朝3時半ごろに起きたり、沖縄から多くの重い機材を現地に持って行って、試合前は撮影の準備・試合本番は撮影、試合後はインタビューと、食事をとる時間もあまりないなか、分刻みのスケジュールをこなすのですが、取材クルー全員の力でとてもいい取材ができたと思うので、周りに感謝感謝です!
スポーツ取材を担当していると、うれしい・悲しい・悔しい、さまざまな感情が生まれる瞬間に立
ち会うのですが、これほど“喜び”に満ちた日はありません。
人生初のシャンパンファイト取材は、今仕事中なの?と分からなくなるくらい楽しかったです。(笑)
選手やヘッドコーチにビールやシャンパンもかけてもらえたのもとても良い思い出です!


桶谷大ヘッドコーチ単独&特別インタビュー “日本一の舞台裏”
沖縄中が沸いたファイナルから2週間ほど経った6月中旬。
キングスを日本一に導いた桶谷大ヘッドコーチに、沖縄テレビのスタジオで単独インタビューを行いました。桶谷ヘッドコーチが今だからこそ語った、日本一の舞台裏です。

「最後に一番強いチームに」
植草
―――悲願の優勝を手にした今シーズン。まずはどんな想いでシーズンに臨まれましたか?

桶谷HC
「今シーズンはしっかり成長していって最後に一番強いチームになっているというところをブレずにやろうということで、一喜一憂して勝たないといけないとなってしまうと、どうしてもそれがプレッシャーになってしまって、縮こまったりチャレンジできなくなったりというのがあると思います。チャレンジをし続けないと成長しない。キングスとしてもチャレンジし続けて初めて成長して最後に強いチームになるというのが自分の中のイメージがありました」
―――長いシーズンを戦ったなかで、ターニングポイントになった試合はありましたか?
桶谷HC
「間違いなく風が吹いてきたのは4月の島根戦で自分たちが勝ったときです。あれ、これもしかしたらあるんじゃない?という風が吹いてきました」
―――風が吹いてきたと感じたのがシーズン終盤。西地区4位だった1月あたりはどんなメンタルで戦っていましたか?
桶谷HC
「去年と比較しすぎると良くない。前向きになれないという部分がありました。
西地区とはいえ勝率6割以上を勝つプロチームはなかなか大変。ずっと勝ち続けるチームはない。6割から6割5分勝っていて初めて優勝争いができるというところで、カルチャーを作るためにはそこが最低なところなんですけれど、それができているから後ろ向きにはならず、これから自分たちが成長して最後に強いチームになるというところ。
西地区4位だから自分たちが弱いとか決してそういうことは思わなかったです」
テーマだった“ポジションレスバスケ”
―――今季のテーマでもあった“ポジションレス”について、シーズンを終えての手ごたえを教えて下さい
桶谷HC
「ポジションレスをやりたいからこのメンバーにしたわけではなくて、このメンバーがいてどういうバスケットをすれば自分たちが成功するかというところで、ポジションレスにしていくしかないと感じました。いろんな選手がハンドラーになって、いろんなポジション、いろんなスペーシングにいろんな選手が入ってというところ。
最初こそなかなかうまくいかない部分もあったんですが、ゲームを重ねるごとにハマってきたし、いろいろなチャレンジはできました。田代がボールを運んだり松脇がボールを運んだり、牧がボールを運んでそれがうまくハマるようになってきて、牧がガード的な役割をするのがいいんじゃないかということになりました。NBAを見ると今はどこのチームもやっていると思います。そういった形になっていけばいいかなと思って取り組みました。
ただ最終的にはポジションレスという言葉ではなくて、自分たちの良いバスケットができるようになったのが一番良かったと思います」
―――先ほど風が吹いてきたのが4月の島根戦だったというお話がありましたが、その時期にポジションレスという形が完成形になってきたということですか?
桶谷HC
「島根戦は勝ちかたがすごく良かったです。チームのエクスキューションもやりながら、フリーダムがあって、選手たちが自信を持ってリスクテイクして迷いなくプレーできていました。これは完成形に徐々に向かって行っているなと思いました。そこから一体感。優勝するために必要な一体感がどんどん出来上がってきました。
どこがきてもどんな相手でもこのチームだったら勝てるとなっていきました。
僕自身がやりたいバスケットは、個々の力をしっかり引き出した上で生産性の高いチーム。
こういうバスケットがしたいからそのために選手を連れてくるのではなくて、こういう選手がいるから、その人たちの個性をしっかり生かしてプレーを作っていくのは僕のスタイルです」
過去最強と称された千葉に2戦2勝
―――チームのスタイルが完成形に近づくなか迎えたファイナル。過去最強と称された千葉に2戦2勝での優勝というのは想定していましたか?
桶谷HC
「勝つならそこかなと思っていました。一戦目勝って、二戦目も絶対獲るし獲れると僕も思っていたし、選手も思っていました。4月のリーグ戦2戦目で初めて千葉に勝って自信をつけて、『勝てるな、自分たちがやるべきことをやったら勝てるな』と。そしてCSの一発目、『自分たちのやることをやろう。勝ったよね、よし勝てる』というそういう流れでした。いま思うと天皇杯があって良かったです。レギュラーシーズン負け負けでファイナルにいってしまったら自信を持って戦えていなかったと思います」
―――ファイナルの前日の会見で桶谷HCが、『ファイナルで勝ったチームが最強です』と言った時の表情が、去年の雰囲気と全然違うなというのを見ていて感じました。あの時はすでに勝てるイメージが沸いていたんですか?
桶谷HC
「そうですね。自信はありました。ゲームプランもちゃんとこれはハマるよねと思ったものを用意していました。何かあっても他のプランも何個かありました。これ遂行したら勝てるよねというところには行きついていましたね。
富樫君のところをちゃんとアタックする。クリストファースミス選手を自由にさせない。
点数が伸びたり勢いをつけられるようなプレーをする選手に対しての守りを徹底することでメンタルゲームに持ち込めたら自分たちの勝機はあると思っていました」
―――勝利した要因についてはどう感じられますか?
桶谷HC
「一人のプレーヤーに固執していない。本当にチームで戦っていました。誰が出てもヒーローになれる。誰かがメンタル的に落ちちゃってもその次の人がカバーできるというキングスの強さが発揮されたと思います」
―――千葉戦2試合のスタッツを見て、ファイナルを勝ち切った要因になった数字はありますか?

桶谷HC
「ベンチポイントですよね。間違いなくベンチポイント。(第1試合・第2試合ともに45点)ゲーム2の千葉の73点はもう最高ですね。ファイナルは本当にみんなが活躍してくれましたよね。それぞれにハイライトがあったと思います」
岸本選手の涙
―――優勝が決まる少し前から、岸本選手が地面を見つめ涙する場面がありました。桶谷ヘッドコーチの目には岸本選手の姿はどのように映りましたか?

桶谷HC
「彼にしか分からない辛さを毎年シーズンが終わって優勝できなかったタイミングで味わっていたんだろうなと思いました。一緒にハグした時に隆一が『桶さん、長かった。やっとですよ。長かった』って言ったんですよ。長かったという言葉を聞いたときに『そうやな』と。この子はずっとキングスを背負ってここに来ていたんだなと感じました。それだけでウルウルしますね。(笑)」
―――岸本選手にとっては“長かった”日本一。桶谷ヘッドコーチにとってこの日本一はどんなものでしたか?
桶谷HC
「日本一は僕もなりたかったですし5年前にここに、横浜アリーナに見に来て、僕が大阪エヴェッサから仙台に移籍するときにここに見に来て、5年後にここで日本一になると決めたんですよ。仙台で3年やってキングスに来て、5年後に優勝、日本一になれた。
そういう風にして人間てなっているのかなと。なると自分を信じる。自分を信じ切れる人はそういう風になれるんじゃないかなと本当に思ってしまうような自分を信じる力は大切だなと思わされたシーズンですね。」
選手としての実績がなくてもヘッドコーチとして日本一に
―――桶谷ヘッドコーチは大野篤史さん安齋竜三さんに次ぐ3人目の日本人優勝コーチとなりましたが、高校時代から全国レベルの知名度を誇るプレーヤーとして活躍されてきた2人と違う道を歩まれてきました。そのことについてはどう感じられますか?

桶谷HC
「プレイヤーじゃなかったとしてもコーチで成功を収められる。だからコーチを目指したいというこどもたちが増えたらいいなと思っていました。
一番は自分がコーチになるときにプレイヤーじゃなかったんで、当時JBLとか大学に自分がコーチになりたいと言っても連絡は帰ってきたけど面接すらやってもらえないという日本のバスケットの状況でした。それを何とか変えたいと自分の中ではすごく思っていて、だからこそ成功しないとそういう人たちが、チャレンジすらさせてもらえないという想いがありました。プレイヤーとして大成しなかったけど、こうやってコーチとして日本一になれたというのはいろんな意味でメッセージになるのではないかと思います」
沖縄のため キングスのカルチャーのため
―――優勝インタビューでは伊佐勉さんの言葉を引用して、『沖縄のみなさん、おめでとう!』という言葉もありましたがあれは優勝したら言おうと決めていたんですか?
桶谷HC
「それはずっと思っていました。やっぱりそういうことなんですよね。
沖縄の人たちにとってこの日本一は、キングスは沖縄の人たちの代表で戦っていてみんなで勝ち取った日本一なので、みんなで分ちあおう。おめでとう!というところです。むーさんがそういう言葉を残してくれたのでリスペクトを込めて言いました」
―――桶谷ヘッドコーチはこれまでも、これまでのヘッドコーチへのリスペクトやキングスが築いてきたカルチャーについて言及されてきました。カルチャーを繋げていくためにはどんなことが必要だと感じますか?
桶谷HC
「プロスポーツで6割以上勝ち続けられるチームはなかなかないなかで、キングスは6割5分くらいを毎回目指しながら、それができたら優勝争いは毎年できる。今年絶対優勝するぞ!とやって次の年落ちていくチームはたくさんある。そうなるとカルチャーは作れません。平均よりも上をずっとやり続けて毎年優勝争いをするチームに優勝のチャンスはあると思っています。優勝したから、一喜一憂せず、次はここを狙う!もっと上を狙う!じゃなくて、ここの6割5分くらいをちゃんと目指してやり続けることがキングスにとっての明るい未来になっていくと思う。それがカルチャー作りだと思います」
来季目指すべき場所は…
―――優勝後少し時間が経ちましたが、すでに来シーズンのチーム像は頭のなかにありますか?
桶谷HC
「優勝した次の日からそっち(来シーズン)のことしか考えていないですね。(笑) 来シーズン、また平坦ではない道になるんだろうなと思いながら日々過ごしています」
―――どんなチームを作りたいですか?
桶谷HC
「個が成長できるチーム。ある程度成長するスペースがないとダメだと思う。
みんながそれぞれ現状ではなくて、成長できるスペースを作ってあげることがチームの成長につながると思う。そういったチーム作りをしていきたいです」
―――それでは最後に来季の目標を教えて下さい

桶谷HC
「“Back to Back”です。連覇、それしかないと思っています。
かんたんにはできないと思うんですが、まず連覇を目指せるマインドを持ってシーズンを戦っていきたいと思います。ファンのみなさん、”Back to Backできるように一緒に戦って下さい!」
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